| 了解することを「OK」と言う理由は? 〜「OK」って何の略?〜 |
|
<プレゼンター>
山崎弘也(アンタッチャブル)
<購入者>
秋元康、山瀬まみ、山本太郎、佐藤江梨子、おぎやはぎ
了解することを「OK」と言う理由は、1830年代の終わりから1840年代の初めにかけて、アメリカのボストンで、ある小さな流行が起こったことが関係しています。
その流行は、会話などをする際に単語を発音で表記し、その頭文字だけをとり、省略して表現するというものでした。
例えば、「大丈夫」という意味の「All Right」を発音にあわせて「Oll Wright」と表し、その頭文字をとって「O.W」というような言葉遊びでした。
そんな流行に目を付けたボストンの新聞編集者「グリーン」が、1839年に地元ボストンの新聞「モーニング ポスト」紙に、了解したという意味の英語「All Correct」を「Oll Kollect」と発音表記し、その頭文字をとって「O.K」と省略した表現を初めて紙面上に記載したことで、一躍ボストン市民に知られるようになりました。
そのとき、このボストンの流行語を取り入れ、人気を集めようと画策した人物がいました。
それは、1840年にアメリカ大統領選挙に民主党から立候補した「マーティン・ヴァン・ビューレン」という政治家でした。
彼は、ニューヨークのキンダーフックという土地の出身であったことから、「出身」の意味である「Old」を頭に付けた「Old Kinderhook」の頭文字をとり、「O.K」という愛称で以前から呼ばれていました。
そこで、選挙活動でもニックネームである「O.K」を使い、彼の講演会も「O.Kクラブ」と名付け、更に「私は市民の望みを何でも了解しますよ」というスローガンを用い、ボストンで流行していた「了解する」という意味の「O.K」という言葉を自分の愛称と掛け合わせて演説で使うことで選挙戦を有利に展開しようとしました。
しかし、ビューレンの反対勢力であった他の政党からは、流行に乗って「O.K」という言葉を使う彼に対して、「O.K」は「Out of Credit」=「Out of Kredit」=「信用が置けない」の略だなどと様々な批判の声が上がりました。
そんな選挙戦の様子は、「O.K論争」などと呼ばれ、メディアを通じて全米に報道されたことで、「了解する」という意味の省略言葉「O.K」がアメリカ全土に一躍広まり、現在でも了解するという意味で「O.K」が使われるようになったと言われています。
よって、了解することを「OK」と言う理由は、了解したという意味の英語「All Correct」を「Oll Kollect」と発音表記し、その頭文字をとって「O.K」と省略した表現が、アメリカの大統領選挙中に「O.K論争」として全米に報道されて広まり、それが現在でも了解したという意味で使われているからです。
・ マーティン・ヴァン・ビューレンは、1832年のアメリカ合衆国大統領選挙で、副大統領に当選しています。
・ マーティン・ヴァン・ビューレンは、1836年のアメリカ合衆国大統領選挙で、大統領に当選し、第8代アメリカ合衆国大統領になっています。
・ 前述のマーティン・ヴァン・ビューレンの1840年のアメリカ合衆国大統領選挙は、ビューレンが現職大統領時代のもので、2期目を目指す選挙でした。
・ 1840年のアメリカ合衆国大統領選挙は、ビューレンの現職時代に発生した1837年のアメリカ大恐慌などへの対応の悪さなどが影響し、ホイッグ党のウィリアム・ハリソンに負け、2期目の大統領になることは出来ませんでした。
|